投稿日:2009-11-10 Tue
今朝は雪が降っていました。日中は寒いながらもお天気は持っていました。
このブログもすっかり園芸ネタはなくなってしまいました。
一番お天気のよかった先週がコンサートだったので、庭の冬支度は来週くらいにやらないと本当に雪が積もってしまいそうです。
毎年この時期になるとブログも自然冬眠に入ってしまっていますが、今年もそんなことになりそうです。
何よりも写真を撮る時間がなくなるのが困りものです。
私の写真は90%は出勤前の朝ですからね。
昼間の時間を自由に使ってみたいものです。
昨日の霜の朝です。洗面器にたまった水が凍っていました。

茶色になっていたホスタの葉は完全に萎れてしまいました。
これはこれでまたいい風情ですね。
明日も雪の予報です。
すみごんさん、えらい時期に来ましたね。
投稿日:2009-11-09 Mon
GLEE FESTAから帰ってきました。首尾は?う〜ん!
よかったような悪かったような・・・
自分としてはあまりいい調子ではなかったけれど、人はよかったというのです。
お世辞のようでもあり、本当のようでもある言い方をされました。
実を言うとここ数年、発声のことで悩んできたのです。
2008年の演奏会で急に声が出なくなって、急遽ソロを他の人にお願いするという、前代未聞のことをやってしまったりして、少しへこんでいました。
それで発声法の改良中だったのですが、今回はどうなっているやら自分でもよくわかりません。
録音を聴いてみないとわかりませんが、ほとんど「アカン」という実感です。
実感といえば最近は、何かと「衰えたな〜」と感じています。
それがややストレスになっているかもしれません。
私より年上の先輩たちはどう感じているのかな。
帰りに札幌の沖縄ショップで泡盛を買って帰ってきました。
最近ちょっと泡盛にはまりかけています。
今更、酒におぼれてどうする・・・
あ、今回はカメラを持って行きませんでしたのでコンサートの写真はありません。
代わりに7日朝の霜の写真です。


翌日、8日はなんと最高気温が19.6℃になって、少し前に雪が降ったとは信じられないくらいでした。
明日はまた雪の予報です。
投稿日:2009-11-06 Fri
今日は男声合唱の話。明日、小樽にてGLEE FESTA 14 in OTARUが開催されます。
ホクレンングリーンコール(札幌)、小樽市役所グリークラブ(小樽)、大雪山麓男声合唱団(旭川)の三団体によるジョイントコンサートが2年に1回、持ち回りで開催されます。
前回は札幌でした。
今回のわが団の発表曲は
[The Student Prince](学生王子)から
Gaudeamus
Golden Days
Drinking Song
Serenade
Come,Boys
Deep in my Heart,Dear
原作はマイヤー・フェルスターによる「Alt Heidelberg」(アルト・ハイデルベルグ)という戯曲です。
それにドロシー・トネリーが台本・歌詞を、シグムンド・ロンバーグが曲をつけた全2幕5場のミュージカルで、1924年、ブロードウェイで初演されました。
その後2度映画化されているようです。
原作者も舞台もドイツものですが、歌詞はもちろん英語です。
最初のGaudeamusだけはラテン語の学生歌で劇中の挿入歌です。
ストーリーは厳格に育てられたある国の王子がハイデルベルグの大学に留学し、娘と恋をします。
結ばれない運命にある二人には当然別れのときがくるわけで、非常に単純なストーリーといえばかわいそうですが、ミュージカルやオペラは大体そんなものです。
有名な「Serenade」は多くのオペラ歌手が定番レパートリーとして歌っています。
大別すると軽快な楽しい曲と歯が浮くような甘ったるい愛の歌で構成されています。
軽快なのはいいのですが口が回りきらない曲があって困っています。
さらにソロのある曲が2曲あります。
私はすっかりソロは引退したつもりだったのですが、有力ソリストのT君が今回は出ないことになり、結局また自分にお鉢が回ってきました。ああ、気が重い。
出来がよかったらまたこのブログでご披露しましょうかね。
アキチョウジ咲ききらないうちに雪が降ってしまいました。
投稿日:2009-11-03 Tue
初雪が3日間降り続いています。今朝の旭川の気温は-6.1℃、-10℃近くまで下がったところもあったようです。
この時期としてはちょっと異例のことです。
屋根の下にあった鉢やホースリールなどが屋根雪に埋まって取り出せない状況になっています。
いったん融けてもらわないと困ります。
明日には緩むということですがどこまで融けるのかちょっと心配になってきました。
初雪といえば昔はなんとなくうれしかったものですが、最近はちっともわくわく感がありません。
もちろん雪で遊ぶなんてことは考えもしませんで、この写真を撮った後はそそくさと家の中に入りました。

ロサ・ウイルギニアナの紅葉に雪が積もっていました。

こちらはタカネイバラ。
この寒波は全国的に雪を降らせたようです。
蔵王でも大山でも雪が降ったのですね。
投稿日:2009-10-31 Sat
アイヌの植物に対する名前の付け方は、その植物全体をあらわすことより、自分たちにとって意味のある部分にだけ名前をつけるのだそうです。あるいは役に立つ事柄そのものを名前にすることが多いようです。
たとえば大きな丸い葉の「フキ」は「コルコニ」意味は「フキの葉を持つ木」、つまりフキの葉にだけ「コル」名前があってその全体を「コルコニ」というわけです。
あるいは山菜としてよく食べられる「ウド」は「チマキナ」(かさぶた・草)の意味で
チマキナを煮た汁で傷口やかさぶたを洗って治療したことからついた名前のようです。
ハマナスはアイヌにとって重要な栄養源でした。
彼らはハマナスの実にのみ「マウ」という名前をつけました。
つまりハマナスの花にもハマナス全体を表す言葉はないのです。
考えてみれば「玫瑰」も「浜梨」も「浜茄子」もすべて実を表す言葉でした。
それでハマナス全体をあらわす言葉でもあるわけです。
アイヌがハマナス全体を言うときは「マウニ」(ハマナスの実がなる木)といいます。
つまりリンゴの実のみに「リンゴ」と名前をつけ、その木をいうときには「リンゴの木」というのと同じようなことなのでしょうね。
我が家の「マウ」今日は昼から札幌で合唱の練習、帰ってビールで日本シリーズ観戦。
普通なら残念モードのまま今日が終わってしまうのですが何とかパソコンの前に座りました。
夕方から雪の予報だったのですが、雪になりきれない雨のようなものが降るばかりでした。
今外を覗いたら地面が白いです。
投稿日:2009-10-30 Fri
「アイヌ植物誌」冒頭の一節です。「アイヌ」とは「人間」を意味する自称詞であり、英語の「man」と同義である。かれらはつねに、「アイヌ ネノ アン アイヌ(人間らしくある人間)」を目指し、どうすれば人間らしく生きられるのかと、絶えず問い続けながら生きた。自分にふりかかる災いや苦しみを試練と受け止めて耐えてこそ、人間は大きく成長すると考えた。たとえ死んでも、人々の心の中に生き続ける人は、伝承に値する人だという。・・・
「人間以外のこの世で見られるすべてのものが神であり、人間と同じ人格を持っていると考えた。動物や植物は神の化身であり、この世の姿である。・・・一本の木を伐るとき、ひとは『何々のために必要だから伐ります。その分だけ、どうぞアイヌにこの木をおさげください』と、丁重にカムイノミをし、イナウや酒、食べ物を捧げると木の神は喜んで木肌をさしだす。・・・」
アイヌの暮らしぶりはある意味もっとも原始的な生き方で、自然とのバランスをとりながらその恵みをいただくことで生きていました。
そして、5〜6世帯で形成するコタンという集落をつくって暮らし、国家という形態を持たなかったことが、後に和人たちの支配に隷属せざるをえない運命とになったわけです。
アイヌの宗教は万物に神が宿るというアニミズムといっていいと思います。
しかし原始宗教という前に、アイヌたちの教えの中に、私たちがいま失って回復しようとしているものがあることに気づかされます。
随所にそんな教えが出てきます。
「ある夜ピシ(浜)とキム(山)のカラスが一羽ずつ飛んできて話を始めた。浜のカラスが『近頃、山のコタンで何か変わったことがあるかい』と、山のカラスに聞いた。
『コタンコンニシパ(コタン・をもつ・旦那=村長)が意識を失って、今にも死にそうだが、コタンの人たちは何もできずにいろ』と答えた。
『人間たちはそんなこともわからないのか。それはニタッウナラペ(湿地のおば)を怒らせたのが原因だ。コタンコンニシパの妻は、大変よく働く女なので、トゥレプの根を小さいものまで残らず採ってしまった。それをニタッウナラペが怒ってコタンコンニシパを病気にしたのだ。』
それを聞いていたウェンクル(貧乏な・人)がコタンコンニシパの妻に知らせると、妻はさっそく若い者にイナウを作らせカムイミノをさせた。
するとコタンコンニシパはまもなく元気になった。
喜んだコタンコンニシパの妻は知らせてくれたウェンクルに着物やなべをくれた。
北海道に住みながらアイヌの歴史やこのような話は私を含め知らない人が多いのかなと思います。
今回アイヌに関する本を探してみてその少なさに驚きました。
(訂正:アイヌに関する本はたくさんあります。「アイヌ 植物」で検索すると極端に少なくなるのです)
過去に出版されたものでも絶版になっているものが多く、個人的に手に入るものはそう多くはなさそうです。
いつか図書館にでも行こうと思います。

アキチョウジが咲いています。
ちょっと日陰だったのでいつも霜にやられる瀬戸際で咲いています。
明日は雪になるとの予報です。
投稿日:2009-10-29 Thu
アイヌとハマナスの関係を以前から調べようと思っていました。そこでアイヌと植物の本を探していたところ、アマゾンでこの本を見つけました。
著者の福岡イト子氏は小樽出身でなんと旭川で長く高校教師として生徒とともに「上川アイヌ」の研究をされてきた方でした。
アイヌと植物の関係はいくらかの知識を持っていたつもりですが、この本で認識を新たにしているところです。
今はハマナスよりこの本の面白さに熱中しています。
まだ完読していないのですが、この本は文献を基にしただけの表面的な本ではありません。
著者自身が地元アイヌのエカシ(長老)やフチ(あばあさん)と一緒に野山を歩き、ユーカラを聞き、アイヌの生活やアイヌの心を聞き取ってきたのだとわかりました。
アイヌは文字を持たないかったので、教えや言い伝え口述で語り継いできました。
その代表的なものが「ユーカラ」(この本ではユカラ)とよばれるアイヌ叙事詩です。
そういえば何年か前にロシアでアイヌのユカラを語った蝋管が見つかったという報道がされたことがありました。
口述による言い伝えは失われやすく、アイヌ研究家やアイヌ自身の手で書きとめる仕事がなされてきました。
この本では、最初にアイヌの歴史や文化を語り、次に私もよく知る北海道の植物とアイヌの生活について語っています。
その中にはアイヌの言い伝えや物語が織り込まれ、明治にこの地を探検した松浦武四郎や自身アイヌでありアイヌ言語学者の知里幸恵や知里真志保姉弟などの数多くの著述の引用がちりばめられています。
それぞれの植物を項目としているので植物誌といえますが、その内容は植物誌「アイヌ植物文化誌」といった方がいいかもしれません。
オオウバユリ (トゥレプ)アイヌたちはこのオオウバユリの鱗茎(球根)からは澱粉をとり重要な食料源としていたようです。
いつの時期により多くの澱粉が採れるのか、また掘り方や処理の仕方食べ方などこと細かくかかれています。
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