京都旅行 その4 紅葉

はい、また紅葉です。あまり紅葉していないと言った割にしつこくてすいません。実は紅葉していなくても結構きれいじゃないか!という写真もあります。2日目は嵐山から清凉寺へ行ったのですが、お坊さんの面白い話を聞いているだけで時間となり、見て回る時間はほとんどありませんでした。ということで次の化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)です。ここは京都市右京区の嵯峨野にある浄土宗の寺で、境内に約8000体という夥しい数の石...

御眼鏡に適う

昨日、眼鏡の話をしてふと思った。「眼鏡」と書いて「めがね」と読むのは当て字だろうか?「め」はともかく「がね」のほうがどうしたって読めない。漢字には字とその読みが別々のところでできてくっついた例が珍しくない。何を隠そう「薔薇」をバラと読むのがその代表例だ。「眼鏡」は本来なら「がんきょう」と読むべきだろう。「めがね」の読みは別なところからきた可能性がある。それならと顔にかけるのではない「めがね」を考え...

サボってます

長い間ブログを留守にしてしまいました。何か理由があるわけではなくて、ただサボっているだけです。今日は札幌ドームの小田和正コンサートに行きます。明日はイコロの森、ユニガーデンに行こうと計画していましたがどうなるやら。昨日から猛烈に雨が降っています。今日は雨がやみ少し明るくなりました。アンジェラ返り咲き。EOS 5D Mark IIEF100mm F2.8Lマクロ IS USM...

実生 カラフトイバラ

2009年に立派に育っていたカラフトイバラが枯れてしまった。その株元には数本の小さな実生苗が残された。その1本はそのまま育てることにした。残りのうち3本を鉢に上げ、最終的には1本になった。地面と鉢、それぞれ違った環境だが順調に育っている。地面に残したほうは1mを超える高さになった。今年は花こそ咲かなかったが、来年に期待を持たせる大きさになった。一方鉢植えは小さいながらも今年花を咲かせた。写真に撮ったと思...

ゼロになるからだ

前に「いつも何度でも」のことを書いた。この歌詞で一番印象に残ったのは「ゼロになるからだ」という言葉だった。「ゼロになるからだ」とはなんだろうか?アマゾンで覚和歌子の著書を探したら「ゼロになるからだ」という本があるのを見つけてすぐに購入した。これは「いつも何度でも」がヒットした後に書かれた本のようだ。不思議な物語あつまり、それが私の第一印象だ。詩のような区切りで文章が書かれているが、これは明らかに物...

五稜郭公園

4日、朝5時に起きてみたが雨が降っている。それで、五稜郭には6時半の食事後から出発の8時までの間に行ってみることにした。五稜郭の場所がホテルから歩いて5分くらいのところにあることが幸いだった。行ってみるとまだ満開には程遠い状況だ。一部には五部咲きくらいのところもあるが、ほとんどは一部咲き程度だ。歩いてみると満開時にはさぞ壮観だろうなと思わせるものがあった。園内には昨年、函館奉行所が再建された。また...

あなたの、ことばを。

1982年、青森県十和田湖畔の荒れ果てた広大な休耕地に数人のスタッフで夢のバラ園を作りあげた人がいた。残念ながら2008年に閉園となったが、その後も一人残ってそのバラ園を守り続けていた。その人は花鳥渓谷の木村暢子(のぶこ)さん。ちょっと男っぽいしゃべりようだが、笑顔が素敵でその人柄に触れると誰でもすぐ好きになってしまうような人だった。その木村さんが突然、帰らぬ人となった。なんとも無念な思いでいっぱ...

早春の空

春と呼ぶにはあまりにもどんよりとして寒い日だった。それでも真冬とは違った明るさがどこかにあるように思う。弱いながらも雲間から柔らかな光が降っている。北海道の3月は微妙な季節だ。雪は融けて少なくなりながらも時に大雪も降る。マイナス15℃を超えることもある。それでも春は少しずつ近づいてくる。どんよりとした雲間からわずかに光がこぼれる。ベクレル、ベクレルとニュースが言っている。一般の人はシーベルトの次は...

アン・エント

今は何を書いても地震関連になってしまいそうなので、これからしばらくは「ルゴサ写真シリーズ」として去年のルゴサ写真で埋めたいと思う。事態に変化があったらまた書くかもしれない。アン・エントテレビがやっと通常の番組構成に戻った。しかし、CMは公共広告機構(AC)ばかりになってしまった。何でも一般のCMの自粛が相次いでその穴埋めにACが流れているようだ。ACのほうに苦情が殺到しているようだがお門違いと言うものだ。流...

「稲むらの火」について

「王子さま写真館」で「稲むらの火」のことが紹介された。私はこの話を知らなかったので調べてみることにした。物語は「稲むらの火 webサイト」で読むことができる。小泉八雲「A LIVING GOD」この話はもともと1854年(安政元年)の安政南海地震津波に際して紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)で起きた逸話を元に小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が1896年「A LIVING GOD」(生ける神)という英語の話にしたものである。この年は明...
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