時間の呪縛

もう10月も最後の日だ。
今年ももう終わりかという気分にさせられる。
年をとると時間の経過が早く感じられるのはなぜだろうか。
それでちょっと検索してみる。

さてその結果だが、ハイこれが答えです、とはいかないようだ。
とりあえず代表的な答えを書いておくことにしよう。
「生涯のある時期における時間の心理的長さは 年齢の逆数に比例する」
これを「ジャネーの法則」というらしい。
つまり、同じ1年でも10歳は1/10、30歳は1/30、50歳は1/50に感じるという説だ。
なるほど予想通りの答えではある。だがそんな単純なものだろうか?

アインシュタインは光の速度が一定だとして、相対的な時間の経過を解き明かした。
しかし、それぞれの立場で時間の概念には微妙な違いがある。
物理学的な時間、哲学的な時間、文学的な時間、そして生物学的な時間。
時間はそれを定義することすら難しい。

さて人が主観的に感じる時間の経過は様々なのだ。
『快楽と行動とは、時間を短く思わせる』 シェークスピア
『人生は退屈すれば長く、充実すれば短い』 シラー


なるほど確かにと思う反面、反対と思われる意見もある。

「感受性が豊かな子どもの頃の経験は新鮮な驚きに満ちているため、経験の内容が豊富で長く感じられ、大人になるにつれ新しい感動が少なく単調になり、早く時が過ぎるように感じることが挙げられます」

こちらは退屈な時間は早いと言っているようだ。
ただし、これにはリアルタイムに感じる時間と過去の時間を振り返ったときの違いがあるようだ。
つまり「短く感じた時間は長くなり、長い時間は短くなる」のかもしれない。

面白い意見は
「時間の流れの早さというのは、その時間の中で得られる情報量で決まるのではないか」

私はこの意見に賛成したい。
言い換えれば
「昨日と今日の私の変化度が感じる時間の長さを決める」のではないかと私は感じている。
年をとると過去の知識や経験だけに頼りがちになって、新しい情報を拒絶することが多くなる。あるいは新しいことを覚えられなくなる。
従って昨日の私と今日の私はほとんど変わっていない。
それに比べ幼児期や少年期の情報の吸収量はものすごいものがある。

他にも年齢と脳内物質の分泌の関係を言ったものもあった。
いずれにせよ私がこの時間の呪縛から逃れることはできそうにない。
私も仕事の中に生きがいを見出していた時期もあった。
それが今、全くなくなってしまったわけではないが薄れてきたことは間違いない。
退屈な時間は長く、あとで振り返ってみるとそれは全く記憶に残らない時間になっている。
残り少ないからこそ意味のある時間を過ごさねばならないのだが、
その意味すらも私の中で変化しつつあるかもしれない。

何よりこんなブログを書いている私の時間の長いのか短いのか。

ロズレードライ01
ロズレー・ドゥ・ライ。
ルゴサチックなHRg中では一番葉が赤くなった。
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コメント

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本当に時間の経つのが早く感じられます。
子供が毎週見ているテレビ番組・・・あれ、もう1週間経っちゃったの?
・・・って毎週言ってます^^;

ありきたりな日常は振り返ると一週間分ひとまとめですもんね。

あっちゃん
1月に「もうすぐ大晦日だね〜」などと冗談を言ったりしますが、実感としちゃ冗談でもなくなってくるところがコワイですね。
一週間は次の日感覚です。
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