母の誕生日

今日、母が84歳になった。
それで市内の日本料理店に食事に誘った。
いつもはそんなに食べられないと言う母が
今日は私に負けないくらい良く食べた。

私がガーデニングを始めたのは母の影響だといっていい。
転勤が多かった父について、どこへ行っても野菜や花を良く作った。
父の退職後に家を建て菜園と花壇作りに励んでいた。
園芸に関しては私の先生だった。
野菜一辺倒だった私がバラを作り始めたといったら、
「男の癖に」といいつつ嬉しそうだった。

父が他界して10年、ひとりで家を守ってきた母も
去年あたりから体力の限界を感じるようになった。
物を持ち上げてわき腹をいためたり、疲れたりすることが多くなった。
決定的だったのは疲れると心臓の動悸がするようになったことだ。
すっかり気弱になって、ひとりではやっていけないと言い出した。

同居も視野に入れたが、気兼ねしながら誰かの家に入るのはいやだというので、
私の家に比較的近いケアハウスを申し込んだ。
それが今年の7月に入居が決まった。
集団生活をしたことがない母は、あれこれ先回りして心配していたが、
入ってしまうとすっかり新生活を謳歌しているようだ。
心配した動悸もすっかり治まってしまった。

機会あるごとに買い物や食事に誘うようにしている。
母の元気のバロメーターは口の回転と声の大きさだ。
車に乗っている間、昨日あったこと1週間前にあったこと、
だんだん遡って食事が終わる頃には自分の娘時代のことまでしゃべっている。
これを聴いて一安心、家まで送ってやる。

自分はそこまで元気にいられるだろうか。
少しでもいいからあやかりたいところだ。

霜03
すっかり葉を落としたシュネーコッペ
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コメント

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お母様に良い落ち着き先がみつかって、良かったですね。
実はわたしも、この夏渡米した時は、米国の母のシニアホームを見学したりして来ました。
母は自宅に居たい希望が強いので、まだひとりで生活していますが、
遠いので、心配しています。

ぴぴんさん、ありがとう。
父や母の姿はある意味自分の将来を映しています。
そばにいてやれるだけお互いに安心できます。
それに比べると日本とアメリカは遠すぎますね。
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