アイヌの暮らし

「アイヌ植物誌」冒頭の一節です。

「アイヌ」とは「人間」を意味する自称詞であり、英語の「man」と同義である。かれらはつねに、「アイヌ ネノ アン アイヌ(人間らしくある人間)」を目指し、どうすれば人間らしく生きられるのかと、絶えず問い続けながら生きた。自分にふりかかる災いや苦しみを試練と受け止めて耐えてこそ、人間は大きく成長すると考えた。たとえ死んでも、人々の心の中に生き続ける人は、伝承に値する人だという。・・・

「人間以外のこの世で見られるすべてのものが神であり、人間と同じ人格を持っていると考えた。動物や植物は神の化身であり、この世の姿である。・・・一本の木を伐るとき、ひとは『何々のために必要だから伐ります。その分だけ、どうぞアイヌにこの木をおさげください』と、丁重にカムイノミをし、イナウや酒、食べ物を捧げると木の神は喜んで木肌をさしだす。・・・」

アイヌの暮らしぶりはある意味もっとも原始的な生き方で、自然とのバランスをとりながらその恵みをいただくことで生きていました。
そして、5~6世帯で形成するコタンという集落をつくって暮らし、国家という形態を持たなかったことが、後に和人たちの支配に隷属せざるをえない運命とになったわけです。
アイヌの宗教は万物に神が宿るというアニミズムといっていいと思います。
しかし原始宗教という前に、アイヌたちの教えの中に、私たちがいま失って回復しようとしているものがあることに気づかされます。
随所にそんな教えが出てきます。

「ある夜ピ(浜)とキ(山)のカラスが一羽ずつ飛んできて話を始めた。浜のカラスが『近頃、山のコタンで何か変わったことがあるかい』と、山のカラスに聞いた。
『コタンコンニパ(コタン・をもつ・旦那=村長)が意識を失って、今にも死にそうだが、コタンの人たちは何もできずにいろ』と答えた。
『人間たちはそんなこともわからないのか。それはニタッウナペ(湿地のおば)を怒らせたのが原因だ。コタンコンニパの妻は、大変よく働く女なので、トゥレの根を小さいものまで残らず採ってしまった。それをニタッウナペが怒ってコタンコンニパを病気にしたのだ。』
それを聞いていたウェンク(貧乏な・人)がコタンコンニパの妻に知らせると、妻はさっそく若い者にイナウを作らせカムイミノをさせた。
するとコタンコンニパはまもなく元気になった。
喜んだコタンコンニパの妻は知らせてくれたウェンクに着物やなべをくれた。


北海道に住みながらアイヌの歴史やこのような話は私を含め知らない人が多いのかなと思います。
今回アイヌに関する本を探してみてその少なさに驚きました。
(訂正:アイヌに関する本はたくさんあります。「アイヌ 植物」で検索すると極端に少なくなるのです)
過去に出版されたものでも絶版になっているものが多く、個人的に手に入るものはそう多くはなさそうです。
いつか図書館にでも行こうと思います。

09アキチョウジ01
アキチョウジ
が咲いています。
ちょっと日陰だったのでいつも霜にやられる瀬戸際で咲いています。
明日は雪になるとの予報です。
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アイヌの本

こんにちは。昨年カレンダーを頂いた者です。
お役にたてるかどうかわかりませんがここに「アイヌ神謡集」があります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000000/card44909.html
全文を読んだわけではありませんがこの本の序文はほんとうに胸に迫る驚きの文章です。知里幸恵は夭折と言っていいほどの若さで逝きましたが
まったく惜しいと今の時代でも思っている者です。
お役にたてれば幸いです。

algonさん
知里幸恵の「アイヌ神謡集」がネット上で見られるとは思いませんでした。
「アイヌ神謡集」はこの本の中にもずいぶん出てきます。
教えていただいて、ありがとうございます。
それにアイヌ語がアルファベットで表記されているんですね。

私のきっかけはハマナスと北海道さらにハマナスとアイヌというところから出発しています。
でもアイヌ文化に触れはじめると単にハマナスに限った狭い範囲では終わりそうにありません。
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