片岡球子展

3日にあわてて出かけたのは道立旭川美術館の片岡球子展を見に行くためだった。
片岡球子が北海道出身だと言うことは知っていたが、人物やその作品ついての予備知識はゼロだったといっていい。
それがかえっていらぬ先入観なしで作品を見られたのかなと思う。
中に入っていくつか見始めて一気にその作品に引き込まれた。
ポスターやいくつかの写真で見るその絵は色彩ばかりのヘタウマ絵画に見えた。
生で実物を見てそれが全くの誤りであることはすぐに思い知らされた。

時代によって描く絵はちがうが共通するのは太い線と大胆な色彩だ。
ただ豪快なだけかと思ったら実に細密に筆が入っている。
少し引くとまったく違う絵に見えてくる。
特に人物画は強くその個性を捕まえているように見えた。
特に「面構え」と称するシリーズは本物を見ると凄みがある。
そして生涯描き続けた富士山には不思議な魅力がある。

片岡球子は画家として順風満帆ではなかった。
画家になることを親に反対され、画家になるも帝展に幾度も落選。
一度入選するもまた何年も落選を繰り返し「落選の神様」とまで言われた。
悩み苦しみそれでも描くしかない思いに至ってひとつの境地に達したようだ。
下手といわれゲテモノといわれそれでも自分を曲げずにそれを貫き通した意志の強さが凄みとして伝わる。
大胆さと繊細さ、劣等感と開き直り、対極するさまざまなものが同居しているように見える。
作品の横には球子自身の言葉が随所にあった。
球子自身も自分をヘタと言い、ヘタでもいいと言い、うまくなくても絵は描ける方向へまっしぐらに進んでいった。

また発想の奇抜さにも驚かされる。
浮世絵にはずいぶん影響を受けたようでリトグラフにも多くの作品を残している。
また、作品の半分に浮世絵師の作品を模写し、それを見て対峙する歌川国芳や写楽、北斎など絵師本人を描いて見せた。
浮世絵を作品として描く大胆さには恐れ入る。
球子の画業のほとんどは50歳を過ぎてからだ。
90を過ぎてもその気迫は衰えを知らず、100歳で脳梗塞に倒れるまで精力的な活動を続けていたそうだ。
そして2008年103歳でこの世を去った。

球子のイメージに合う花はなんだろうと写真を探してみたが、あの強烈な個性に匹敵する花は見つからない。

1007ハンザ01
でも強いて言えばこのハンザかな。
ルゴサはバラとしては花の形は悪いし木は不恰好だ。
でも言い知れない魅了がある。
球子とルゴサは共通するところがあるというといいすぎかな。

EOS 5D Mark II
EF100mm F2.8Lマクロ IS USM
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。