「ファーム富田」物語

「ファーム富田」には有名な物語がある。

ファーム富田は1903年(明治36年)富田徳馬氏によって始まった。
現在の富田忠雄氏は3代目になる。
1953年頃この地で香料を採るためのラベンダー栽培を始めたのは上田美一という人だった。
その農場をみた富田忠雄も1958年にラベンダーを栽培し始めた。
10アールから始めたラベンダーはその後1.2ヘクタールまでに拡大した。
全盛期、この地域だけでも250戸、230ヘクタールでラベンダー栽培が行われていたという。

1972頃から貿易の自由化が始まり合成香料が出始めるとラベンダーの価格は一気に下落した。
ラベンダー農家は次々と転作し、ついにファーム富田だけとなった。
富田氏はラベンダー栽培を何としても続けようとがんばったが、ついに追い詰められた。
そして、無念の涙を流しながらトラクターでバキバキとラベンダーの木を掘り起こしていった。
後にテレビ番組で富田氏はこのときのことを「ラベンダーの悲鳴が聞こえた」と語っている。
このときの富田氏のあまりの悲痛な姿に、奥さんが一部の畑を残してはと提案した。
このことが後に幸運を呼んだ。
1976年の国鉄のカレンダーにラベンダー畑の写真が採用されたのだ。
口コミで観光客やカメラマンが訪れるようになった。
さらにドラマ「北の国から」のロケ地として使われるや一気にブームに火がついた。

ファーム富田は観光農園としても復活し、香水や石鹸など独自の製品を開発し始めた。
1990年にはファーム富田のオリジナルエッセンシャルオイル、「おかむらさき」がフランセで行われた「ラベンダー芳香フェア」で第1位を獲得した。
同時に「オートプロヴァンス・ラベンダー修道騎士」の称号を授与された。
この称号は南フランスにあるラベンダーを生産する組織より、ラベンダー栽培における功労者へ贈与されるものである。(このへんはウィキペディアから)

ファーム富田で撮影したひとびとを
1007ファーム富田06
中国観光客とおぼしき人たち

1007ファーム富田07
彩りの畑から

1007ファーム富田08
この人に写真撮ってもらおうかしら

1007ファーム富田09
お母さんは写真に夢中

1007ファーム富田10
走る!

今日は一日中曇りで蒸し暑かった。
夜になっても涼しくない。
しばらくこんな天気が続くそうだ。
蝦夷梅雨かな。

EOS 5D Mark II
EF24-105mm F4L IS USM
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コメント

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匂いたい・・・

ラベンダーの香りが漂ってきそうな写真ですね♪
今満開ですか?8月になったらいくらか時間ができるのだけど
今は行けないから残念ですー(T_T)
やっぱり憧れますよ。ハーブが好きだし、ラベンダーは日高
では無理なんですよね。本物を見るのは来年におあずけかなっ。

園内はラベンダーの香りでいっぱいでしたよ。
ラベンダーは今が見頃ですね。
8月の最初なら遅咲きのラベンダーがまだ咲いているかもしれませんが、ほとんどは終わっていると思います。
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