我がカラオケ事情

私が最初に仕事に就いたころはカラオケなんてものはなかった。
覚えている歌といえば学校の音楽か当時の流行歌を歌うくらいだった。
それも人前で歌うなどということはまずなかった。
だから素人が人前で歌うのは学校か酒を飲んだ時くらい。
それがカラオケが登場して世間が一変する。

カラオケとはもともとは業界用語だったらしい。
歌手のレコーディングの際、生バンドではなくレコードやテープを聴いて録音したところから始まったようだ。
世間にカラオケが登場したのは何時だったか定かに覚えていないが最初は通称「8トラ」と呼ばれる8トラックのカセットテープだった。
その後、通常のカセットテープ、CD、レーザーディスク、VHD、ビデオCD、DVDなどを経て現在の通信カラオケになったらしい。

私自身はあまり積極的にカラオケに行く方ではなかった。
でも歌えといわれれば覚えている歌はたくさんあった。
子供の頃ラジオから流れていたラジオ歌謡から父の歌っていた藤山一郎や近江俊郎、岡晴夫、伊藤久男など古い歌から自分の青春時代の橋幸夫、舟木一夫らの歌謡曲世代、グループサウンズなど。
不思議と初めて歌うにもかかわらずほとんど覚えていたものだ。
当時のカラオケ本の7割は歌えるんじゃないかと思ったくらいだ。

カラオケボックスと言うものが誕生して、若い世代とカラオケをしてみると歌の内容に当然ギャップが生まれてくる。
若い人たちはどうやら盛り上がりを楽しんでいるらしい。
次第に私の出番はなくなった。
そして私は職場の連中とはカラオケに行くことがなくなった。
まず、古い歌には私自身もマンネリを感じていた。
自然に流れる耳覚えで歌を覚えられなくなった。
つまり新しい歌が覚えられなくなったのだ。
その後、カラオケそのものをすることがほとんどなくなった。
合唱をしていたのでカラオケでストレス発散なんて必要はなかった。
歌えといわれれば適当にお茶を濁していた。

ところが最近になってカラオケが面白くなってきている。
言われてやるのではなく自分で気に入った曲を見つけて練習するようになったのだ。
そう、練習しなければ覚えられないのだ。
昔は3度聞いたら覚えられたのになーと言いながらせっせと練習に励んでいる。

きっかけは合唱だ。
我が男声合唱団はポップス系のアレンジものを良くやる。
井上陽水、松山千春、大滝詠一、玉置浩二(安全地帯)、近年はコブクロ、スキマスイッチ、小田和正(オフコース)、桑田佳祐(サザンオールスターズ)、福山雅治等々
多少聞いたものがあるものから全く知らないものまで、好むと好まざるとに関わらずやらなくてはならない。
いざ楽譜から覚えてやってみると真に苦労する。
そこで、言葉のつけ方や曲の雰囲気をつかむためにオリジナルの曲を徹底的に暗記するまで聞き込むことにした。
するとその曲やアーチストの魅力に気づかされることも多い。
そのうち気に入ったものをカラオケでやってみる。
なるほどおもしろい。

そんなわけで最近は合唱でやるもの意外にも対象を広げている。
考えてみると父も今の私くらいの頃にカラオケにはまっていたな~と思い出す。
カラオケの機械を買いラジオの深夜放送を聴いて新しい歌を覚えていたっけ。
いろんなところで父を追っているところが不思議というか親子だなーと実感している。

1103鉄塔01
通勤途中にある鉄塔。
どういう目的のものなのだろうか?

NEX-3
E18-55mm F3.5-5.6
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