再び福島のこと

ここは基本的には植物ブログだが、シーズンオフには脱線することも多い。
今まさにバラが始まろうとするシーズンになったが、どうしても気になることがあって、今日はあえて脱線させていただく。

今年3月11日に震災が起きた。
そして福島第一原発において事故が発生したことは誰もが知るところだ。
私に若干の放射線の知識があることからいくつかのコメントを書いた。
そこで、チェルノブイリのようになることは絶対無いと書いた。
それはある意味正しく、ある意味誤りだった。

最近になって新たな事実が次々と表面化している。
後から新たな真実が出てくることはある程度予想はしていたが、その内容は私の想像をはるかに超えていた。
放出された放射能の量や拡散したであろう地域の広さについて当初思っていたよりはるに大きなものになった。
もちろん放出された放射能の量はチェルノブイリとくらべればまだはるかに少なく範囲も狭いが、結果的に人々に与えている影響は同じものになりつつある。
私の中では当初に思っていたものよりはるかにチェルノブイリレベルに近いものだったのだ。
原発周辺の人々は恐らく数年の間、元の場所に戻ることは出来ないだろう。
私はもっと短期間の避難で燃料の封じ込めももっと早く終息するであろうと思っていた。

しかし、現在になっても事態はまだ終息していないのだ。
状況はいまだに漏れ続ける汚染水の処理や高濃度に汚染された瓦礫の処理に追われ、根本的な対処へ進めていないのが現状のようだ。
核燃料の完全な封じ込めはまだまだ時間がかかるいわざるを得ない。
今知りたいことは現在計測されている放射能は水素爆発時に放出されたもののみなのか、あるいは現在も放出されているものなのかということだ。
現在も大気中に放出があるとすれば事態はもっと深刻だ。
この事態がいつまで続くのか、それをきちっと話して欲しい。

政府は一義的には東京電力の責任としているがそれは違う。
原子力発電政策を掲げそれを電力会社に推進してきたのは当時の政府だ。
私は原発推進政策それ自体が悪かったとはいまでも思わない。
しかし、周辺住民への手前、原発の安全神話を作り上げて最悪の事故を想定することすらタブー視してきたこと。
事故は起こらないという想定の元、安全基準をないがしろにしてきたこと。
また甘い安全対策を許すことにより、電力会社への利益誘導を促進してきたこと。
これらに対する政府の責任はきわめて大きいと言わざるを得ない。
当時の政権政党である自民党はこの件に関してはだんまりを決め込んでいるようだ。
民主党の事故対応の責任を追及する声は大きいが、マスコミも誰も自民党の責任を追及する声が出てこないのはどうしてだろうか?

言いたいことはまだたくさんある。
現場で大きな被曝をしている作業員のこと。
スポット的に大きな線量を示している地域のこと。
いまだに現政権が駄目だと言うだけの政治家たち。
それなら誰が首相だったら完璧に正しい対処が出来たのか誰か答えて欲しい。
問題は危機管理システムなのだ。
それよりもっとこれからのことを真剣にこれからのことを考える政治家はいないのかと思う。
そして新しい発電システムのこと。

今回は自分のもやもやを晴らすためだけに書いてしまった。
もうこの件に関しては書かない。
明日からはまたもとの植物ブログにもどります。
お騒がせしました。

1106ボタン01
近所の庭の牡丹。

EOS 5D Mark II
EF70-200mm F4L IS USM
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